コロンブスがアメリカ大陸に到達したとき、そこはすでにイスラム教だった。

henet

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Dec 16, 2022
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投稿します。
英語の方見てたのですが、日本語版なんてあったのですね。一年以上知りませんでした。

向うの方で、アメリカ大陸がすでにイスラム教であったことが示唆されていました。
そして、イスラム教に関するのサイトで、イスラム教がすでにアメリカにあったことを示すサイトを見つけたのです。
それがここです。
The African, and Muslim, Discovery of America – Before Columbus

このことはある疑念と完全に一致し、つじつまが合うことに気づいたのです。

ここで、真実を探求している皆様は、アメリカがタルタリアの一部であったことはご存じでしょう。むしろ当然のことだと思います。
このタルタリアについて、調べていく間に、タルタリア王のノイは、聖書のノアと同一人物であると気づきます。

このタルタリアこそがイスラエル10士族であるということが、17世紀の本を見ればわかります。また、そのような本が多数存在しております。

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ソースhttps://media.springernature.com/fu...iaObjects/461441_1_En_2_Fig3_HTML.png?as=webp

アジアにノイが国を作ったことがモンタヌス日本誌にも書かれています。

タルタリアにあった土地がシベリアであり、フン族、ハン族が支配していたことは公式の歴史です。

歴史の嘘は、タルタリアの存在の否定だけではなく、そもそもの問題として、年代の詐称があります。
実際の現在の年代は、2000年ではないということです。
これが、ノアが800歳であるトリックに繋がっています。
ハンとフン族は、このノアの末裔であります。

このことは、やはり17世紀のおおくの本に書かれています。
例えば、フン族のアッティラがニムロッドの甥であるなどです。
De Quatuor Summis Imperiis

以下は、タルタリアがノアの末裔の王国であると直接に書かれている文献です。

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ソースAn Universal History

タルタル人は、自分たちの起源をヤペテ(Japhet)、あるいはヤフィスと呼ぶことにしている。ヌイは、長男のハムをインド諸島に、二男のサムをイランに、末っ子のジャフィスをクトゥプ・シャマハの領土に移住させたという。タルタル人の中には、ジャフィスを預言者と見なす者もいれば、普通の詐欺師と見なす者もいた。彼らの話によると、彼は箱舟が去った山を去り、アテル川とジャイギク川のあたりに住居を構え、250年ほど生きたという。タルタルの伝承では、彼を生かした息子たちは、トルコ、チャルス、サックラップ、ルッス、マニナック、ズイン、カマリ、タリッチなどであった。MirkhondとKhondemirは、顔のあるhiftorianと一致して、ヤペテ(Japhet)、または彼らがJapheth Ben Nouhと呼ぶを、ノアの長男とする。また、彼らはこうも断言している。

さて、長い歴史の中で、ハン族とフン族は西へ侵攻し、ローマ帝国と戦争し、また、アレクサンダーや、ナポレオンは、東へと侵攻しました。
このような、東対西の戦争の歴史が続いていました。

上の本からわかるようにノアの末裔たちは、東側に居ます。
興味深いのは、ルッス(Rufs)つまり、ロシアに行ったことが書かれていることです。
フン族のアッティラは、カザン、つまり、カザフスタンからローマ帝国へ侵攻したことからも、ロシアを占領したことがうかがえます。
ハムの息子のニヌスは、トルコに帝国を作りました。トルコ帝国はニヌス帝国の版図と完全に一致しています。De Quatuor Summis Imperiis

この版図は、広大で、元の全盛期の版図に一致すると思います。
さらに言えることは、この版図は、イスラム教国に一致していると思います。
上の地図のノアのいる位置は、トルクメニスタン。
アッティラの出身地は、カザフスタン。
バビロンの都市があったのは、イラン。

これらすべての共通は、イスラム教国であるということです。
つまり、イスラム教国であるタルタリアであったため、このイスラム教が今日に残った。
そして、タルタリアがかつて北アメリカを支配していたため、北アメリカはコロンブスの到達時には、すでにイスラム教があったのです。

本当の聖書はイスラムの物で、時系列は、キリスト教よりも先にイスラム教が存在したということに他ならないだろうか。


公式の歴史では、ユダヤ教→キリスト教がうまれ、その後にイスラム教がユダヤ教とキリスト教から分裂したことになっています。
しかし、本当は、イスラム教が最初で、その後に、ユダヤ教キリスト教である可能性があります。
キリスト教が急速にひろまったのは、公式の歴史で、1500年頃。広めたのはイエズス会です。

これは、タルタリアの歴史を抹消することに貢献していると思います。

年代そのものが嘘である可能性が非常に高く、1500年と1800年は同じ年代、恐らく、ナポレオン戦争でタルタリアを滅ぼしたあと、新たにキリスト教を作り、ノアの歴史をすり替えたのではないだろうか。
さらに年代の引き延ばしは、聖書の歴史の偽証に繋がっています。



私が元々は、エルサレムがアメリカであったと言う考えをもっていました。
しかし、恐らく、キリスト教が生まれたのはアメリカであるのは間違いないとして、実は、キリスト教は、既存のイスラム教を淘汰するためにアメリカで考え出されたという可能性です。

・多くの公式に認められた書物は嘘である傾向が強く。日本書記も古事記も嘘であることは明らかです。
・日本書記のパクリ元である聖書も嘘ではないかと考えていましたが、嘘であるという確信につながりました。
・本当のエルサレムは、カザフスタンです。
 
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